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御岳が書簡と一緒に刀に巻いていた手形を懐に入れた尸良と、自分の背丈には不釣合いの刀を両手でしっかりと抱えた練造。彼らが松戸の関をくぐった頃には、日も西の地平に沈もうとしていた。尸良よりもいくつか年の若いであろう番人は、 「今は先に来た者の改めを行っている。しばし待っていろ」 と居丈高に告げたきり、なかなか出てこない。この寒い時期に、水戸なんかにわざわざ出かける馬鹿が自分たち以外にもいるの...
父を殺されたあの日からずっと、練造の頭の中には絶えず濃い霧がかかっていた。スッキリとした気持ちになることはない。目を閉じても卍の着物を着たあの男の顔が浮かび、吐き捨てた台詞が頭蓋骨の内側に響いて、突き刺した肉の感触がありありと蘇ってくる。 現実もそうだ。暗い地下牢に閉じ込められ、やっと外に出たかと思ったら、秋は既に終わりに差し掛かっていた。どんよりとした鈍色が太陽を覆い隠して何日たっただろう...
「もっとあったかいところにおいでよ」 小屋の隅っこで膝を抱えて座っていたら、たんぽぽっていうおっとりした姉ちゃんが卍の隣から手招きしてくれた。マガツっていう頭のツンツンした兄ちゃんも「ほら、行けよ」って場所を空けてくれた。 己は隅っこで良かったんだけど、なんか断るのも変だったから囲炉裏のそばに座り直した。パチパチと音を立てて燃える火の上には晩に食べた残りの鍋がかけられていた。 周りの大人た...
「いやーいい湯だなァ万次さん、ほらアンタも一杯」 「っと、気が利くじゃねェか凶」 水戸で露天風呂、しかも雪見酒。酌をしてくれるのが逆毛のガキだってのが色気ねェがそこは今宵の月に免じて我慢してやろうと思ったんだけどよ…。 「おーっとと、あっぶねえな零すトコだったじゃねえか。あっ?そこは別に悲しい顔するトコじゃねェだろ。零れてねェんだからよ、いちいち気にすんな」 男湯で若ェの連れて酌して貰うた...
自分が着物を着ていないことを忘れるぐらいに暖かい目覚めだった。まだ開いていない目蓋の向こうはおそらく薄暗い。明け方なのだろう。鼻の奥の方が冷えた空気でツンとしたにもかかわらず身体が暖かいのは尸良が目の前で横たわってるせいだ。浅い寝息が聞こえ、触れ合っている肌が僅かに動く。二人でひとつの布団を使うの初めてではないが、今までのそれは「1つしかなかったから」「寒かったから」「なし崩しにそういうことにな...