BLUE CROW

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乱れ雪月花

自分が着物を着ていないことを忘れるぐらいに暖かい目覚めだった。まだ開いていない目蓋の向こうはおそらく薄暗い。明け方なのだろう。鼻の奥の方が冷えた空気でツンとしたにもかかわらず身体が暖かいのは尸良が目の前で横たわってるせいだ。浅い寝息が聞こえ、触れ合っている肌が僅かに動く。二人でひとつの布団を使うの初めてではないが、今までのそれは「1つしかなかったから」「寒かったから」「なし崩しにそういうことになったから」……いくらでも言い訳ができる。でも今日は何の申し開きもできない。己がそうしたかったからだ。

万次に頼み込んで分けてもらった腕をつけた尸良は腕がくっついた後もしばらく目を覚まさなかった。このまま目を覚まさなかったらどうしよう……。不安で押しつぶされそうになった。なんで「死ねばいい」「殺してやる」とまで思った男にこんなことを思うのか判らない……なんてのは嘘だ。己は判ってしまった。判りたくなんかなかった。判らないままでいられたらよかったなんて一瞬だけ思ったけど、そんなこと言ったら尸良はまた「半端モンだな」って言うんだろうな。いや、己は「半端モンだな」って言って欲しかった。そう認めてみたら、己の心の中の尸良が笑ったような気がしたんだ。

尸良はよみがえってもしばらくは寝たきりだった。尸良は「さすがの己でもしんどいわ、ゲハハ」って笑ってたけど、あんなにバラバラになって何で笑ってられるのか判らなかった。枕元に座ってた己は泣くつもりなんかなかったのにうっかり涙がこぼれ出てしまった。一つこぼしたら止まらなくなってボタボタと布団に落としてしまった。仕舞いには涙声まで出ちゃって、地下牢にいた頃、尸良に「うるせェな!泣いてんじゃねェ、男だろ!」と怒られたことを思い出す。それでも涙が止まらなかった。尸良はそんな己を怒鳴るでもなく、まだ動きにくい左手で頭を撫でてくれた。
「……っとにバカだな、お前は。己の事なんかでいちいち泣いてんじゃねえよ」
犬に食われながらも己の事を気にかけてたのは誰だよ。自分の命が消えそうなときに己の事だけ思ってたのは誰だっていうんだよ。

何だかわからなかった気持ちと向き合ってみたら尸良のことを意識してしまってしょうがない。前は何の気持ちもなく出来た身の回りの世話がいちいち緊張してしまう。硬そうな骨とそれに絡みつく無駄のない筋肉で創られてる身体を拭くのにいやに構えてしまう。不意に目が合うと「悪いな」なんて似合わないことを言いながら笑うから、心臓が苦しくなる。正直、己の方が限界だった。




柔らかい布団で寝たのは父ちゃんと住んでいた時以来だ。ずっと硬いところでしかされたことがなかったからすごく楽だった。楽だったのは布団のせいだけじゃなくて、尸良がすごく優しかったからだ。横になれと言われて布団に身を預けると、掛け布団の代わりに覆いかぶさってきた。己に圧し掛かるんじゃなくて、尸良は左腕を使って自分の身を支えてる。唇だけが重ねられて少しだけ舌がピリッとする。そういえばさっき酒飲んでたな。尸良と会ってからずっと囚われてたり、金がなかったりして酒飲んでるのははじめて見た。本当は好きなんだろうな、酒。吐き出された息もほんのりと酒臭い。父ちゃんみたいな匂いだな、なんて思ったらなんだか急に恥ずかしくなった。

いつもみたいに大声で「足開け」とか「口開けろ」とか言われるんじゃなくて、ひたすらにゆっくりと触られる。久しぶりだったからすぐに反応しちゃって恥ずかしい。少しでも声が出てしまうと尸良は「大丈夫か」と手を止める。ずるい。お前今までそんなことぜんぜん言わなかっただろ。己が泣いても「やめろ」って言っても絶対にやめなかったじゃないかよ。
顔を覗きこまれて己が頷くまで手を動かしてくれない。これは新手の折檻かと思った。前みたいに有無を言わさずにされる方がまだマシだったかもしれない。


「あー、すげェ気持ちいい」
そんなこと言われるのは初めてで、どう応えたらいいのか判らなくてじっと尸良の顔を見上げてみた。
「んあ?練造、お前はどうだ?イイか?」
そんなこと言われるのも初めてだから、なんて応えたらいいか判らなくて今度は尸良と目を合わせていられなくなった。でも、なんか言わなきゃ、なんか伝えなきゃ、って思って尸良の腰に両方の足を絡めてみた。こんなことするの初めてだった。今思い出しても恥ずかしい。尸良は一瞬驚いて、すごく喜んでくれたみたいだけど……。



父ちゃんが殺された日、姉ちゃんは己に「お父さんのこと、好き?」って聞いてきた。己はバカだったから照れて本人の前では言えなかった。まさかあんなことになるとは思ってなかったから……ってのは言い訳だよな。
だから、尸良には…………言ってやれたらいいんだろうけど、それはまだちょっと無理だ。こんなに己の中でいっぱいになっちゃってるのに、口に出しちゃったらどうなるか判らない。尸良だって己だっていつかは死ぬんだろう。それまでに言えればいい。だからもう少し一緒にいてもいいかな……って思うんだ。



身体はだるい。でも今までより、なんかいい。
尸良の寝息を聞きながら、己はもう一度眠ることにした。

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