音もなく雪が落ちてくる静かな夜だった。どこまでも平坦な路が続く水戸では山から降りてくる風も海からかけ上がってくる風もなかった。水分を多く含んだ雪がぼとりぼとりと落ちてくるだけで、あとは時おり、囲炉裏の残り火で薪がぱしんと弾けるのが聞こえる。炎のゆらめきに合わせてお互いの身体は赤くなったり見えなくなったりしていた。
尸良が練造の身体を求めるのは万次の手を得てからも変わらなかったが、そのやり方は地下牢の頃とはまるで別人のようだった。以前であれば火箸を練造の身体に押し付けてみたり、そうでなくとも目の前に持っていって無理矢理にでもいうことをきかせていただろう。だが今の尸良はそんなことはしない。飯を食い終わるともはや習慣と言えるほどに繰り返したことだ。今夜もあぐらをかいたまま手招きで練造を近くに呼び寄せては、自分の額を練造の肩に預けて左手で腰を抱く。少し前とは違う尸良の様子に戸惑いながらも練造は流されてしまう。流されているということにして尸良のせいにしておかないと自分が保てないぐらいには無意識の依存があった。
尸良の不器用な左手が帯を解くには時間がかかりすぎるので、近頃の練造は尸良の手を制して自ら前を広げていた。最初はその行動に驚いて次の手が止まった尸良も、今は慣れたもので帯を解くか解かないかの間にするりと足に手を伸ばす。
練造の身体は子供の柔らかさでも、完成された大人の男でもなく、日毎にあるいは部分で変わってゆく。ふと最中に手を握ってみれば「こんなに大きかったのか」と驚かされるし、喚いて泣くだけだったのに今では声を出すまいと必死に堪える姿に以前とは別の種類で欲情をした。毎夜違う顔を見せる練造に尸良が飽きることはなく、もっといろんな表情が見たくて場所を探す。効率の悪い殺し方をする剣士ではあるが、もちろん人体の仕組みなど理解した上でのやり方だ。急所の在処も、多くの血が流れている箇所も、皮膚の厚い薄いも知っている。だがそんなことは尸良にとってはどうでも良く、ただひたすら目の前に転がっている練造に触れたいだけだった。
普段誰にも曝されていない内腿は白くて締まっている。上に手を伸ばして肝心な部分に触れるのはひとまず後回しにして心臓から遠くなるにつれ冷たくなっていく足を撫でる。足首は尸良の手が悠々と一周できるほどに細く、冷たい足の指と指の間を舌先でついてやると一瞬ビクリと練造の身体が縮んだ。踵に、くるぶしに、土踏まずに、心のまま唇で触れていく。触れられていない方の足を動かして少しだけ逃げるような素振りをする練造だが、本当に逃げることはしない。足の指を縮こまらせ、力を入れて耐えてようとしてみせる。それが何やら一生懸命に見えて尸良の口元は自然と緩んだ。次第に力が抜けていく太股に吸い付いては痕を残す。おそらく手触りもいいのだろう。肌の感覚がないことを少しだけ悔やみながら髭をこすりつければ、逃げるように身を捩る練造から溜息ともつかない声が漏れる。その声を口移しに自分の中に取り込むことで尸良は気持ち良くなっていた。
まだ髭の生えていない顎を舐め、やや目立ち始めた喉仏へと降りてゆく。普段は着物で隠れる鎖骨はもちろん、薄い胸の先をつついては舐り、あるいは吸いつく。昨夜の痕跡が消える前に今宵も花びらを散らす。雪に覆われた小屋の中だけが春だった。
尸良は練造を上に乗せたままにして愉しむのが好きで、動けと命じる言うわけでもなく、自らも突き上げることもなくただぼんやりとそうしてるのが良かった。顔を見られたくないのか練造は尸良の引き締まった腹に目を落としたり、あるいは身体をのけぞらせて煤けた天井を仰いで肩で息をしている。「練造」と名前を呼んで手を伸ばし、細い手首を握ってやると不安げな目がようやく尸良を捉えた。すっかり暗闇に目が慣れてお互いの輪郭どころか表情も捉えることができる。終わってしまえば楽になれるはずの身体をなかなか開放してもらえない。そんな不条理な苦しさの中にある快感が練造を桜色に染め上げていた。
「……ったく、毎晩毎晩満開だな、おめェはよ」
尸良は練造の顔を見たあと視線を一旦下腹部に移動してはしとどに濡れる花を目で楽しみ、舐めるようにゆっくりと上へと戻しては今にも咲き出しそうなほどに紅く尖る二つの蕾と、その周りにある自らが散らしたいくつもの痕をねっとりと眺める。
「バカ、春になったらいくらでも見れるだろ」
心底嫌そうな顔の練造が口を尖らせる。
「……ああ、春になればな」
言いながら練造の手を引き、骨の右手をうまく使って半身を起こすと、囲炉裏の残り火よりも赤い2枚の花びらに口付けた。