今朝の汁には鼠は入っていなかった。昨日のうちにその辺に落ちてた棒ッ切れとしなびた蔓で作った竿で練造が釣ったと言う小っさい魚を2人で分けた。寝る前に焼いておいたのを朝になって汁にぶち込んだだけの味気無ェ魚汁だ。
練造なんかに釣られるマヌケな魚じゃ腹は満たされない。つーか全ッ然足りねェ。空腹には慣れてるが練造に飯を任せてるとこうなる。鼠を食わされるよりはマシかとも思うが、腹に元々飼ってる虫がグググと鳴くのが聞こえるとと己の胃が少しかわいそうになってくる。
「あァ?なんだよ。これっきりか?」
「だってこれしか釣れなかったんだもん」
癖なのか不満気な顔に尖らした唇は赤い。反抗的に睨み返す眼は意外と強気だ。牢にいたころはいちいち震え上がってたのに、今じゃこれだ。逃げ出しても逃げ出してもひょっこりと戻ってきては嫌々ながらも飯を作ってくれる。己一人なら他人の家を襲おうが、飯屋で食い逃げしようが構わない。……ただ、なんとなく練造をそういうことに付き合わせたくなかった。練造の仇は万次と凛……と己か。
「お前だって足りねェだろうが」
「別に…」
ぷいっと目をそらした練造だったが、代わりに飼い主よりもずっと正直な腹の虫がきゅるりと鳴いた。
「ゲッハハハハハ!!ほら見ろ!てめェもハラヘリじゃねえかよ!」
「ちっ、違うよ!」
真っ赤になって否定するところがかわいいとか思ってる己もどうかしてると思う。どうかしてるついでに唇に吸いついてやった。全然甘くない。甘くないどころか所帯染みた味噌の味がする。あぁ知ってたわ。己も同じモン食ったし。
「そんなに足りなかったのかよ?」
「あァ?」
「……己のまだ残ってるからあげよっか?」
「……あァ!?」
口吸いの意味も判らずに箸と椀をこちらに差し出す練造に、股間以外の場所がきゅうっとする。否、股間もググッとなるけどな。練造の両手がふさがっているのをいいことに、椀を持った腕を掴んでもう一度唇を吸った。今度はさっきみたいな遊びじゃねェ。油断しきってる歯の隙間から舌を挿し込んで練造のものを絡めとる。一度唇を離してお互いの息の掛かる間合いで「椀は置いとけ」と言うと少し遠く――このままおっ始めても倒さないぐらいにの場所――に椀と箸を揃えて置いた。……いーい覚悟だ。
「まだ朝なんだけど…?」
腕を掴んだ手を肩まで伸ばして抱き寄せると、前髪が揺れて隙間から不安げな眼が覗く。
「関係ねェだろ、ンなことはよォ」
長い髪の毛を耳にかけてやってあらわになった冷たい耳を舐める。ピクリと身体を強ばらせるが、暴れる様子はない。
ったく、「足りなかったか?」だと?決まってンだろ、全然足りねェよ。犯しても抱いても全然埋まらない。下の頭の方で欲してるだけじゃなく、上の頭…?心の臓?とか、よくわからねェけど全身が練造を欲しがってる。我ながら年端のいかねェガキに何トチ狂ってんだと笑えねェが、日増しに練造の表情や態度に甘さが見えてくるような気がして、それはそれで悪くない。頭痛のせいでなんかおかしくなってるのかもしれねェな。
練造を抱いたところで何が変わるってェワケじゃねェが、ただ少しでも嫌がられてねェなら己が嬉しいだけだ…なんてホント馬鹿だよなァ。全部頭痛のせいにしておきたいところが、多分関係ねェんだろうな……なんて思いながら、着物を脱がし寒さに震える肩に唇を乗せる。前に己が噛み付いた歯型をそっと舐めてやるとむず痒いような何とも言えない顔をして唇を噛む。声を出さないようにとしっかり結ばれたそこに三たび吸い付くと、今度はしょっぱくなんかなかった。
「ったく、すっかり冷めてるじゃないかよ…」
一通り終わったあとモゾモゾと着物を着た練造が汁の残っていた椀に向かって小さく悪態をつくのがぼんやりとした頭に響いてくる。腹は減ってるが、それよりも今は身体がだるくて眠い。
今夜は犬でも狩ってきてやるかな、と思いながらとりあえず一眠りしようと目を閉じた。